ポンコツ公務員の叫び

22歳、社会人1年目(県庁職員)の僕の思いを自由に叫びます。叫ぶ内容は僕の趣味(ファッション、サッカー)や仕事のこと、考えや本音など様々です。たまにイタい内容もあるかもしれません。

僕の考え方はおかしいのかもしれない

どうも、ヒロシです

最近結構飲みに行く。いや、以前もそれなりに飲みには行ってたんだけど、最近は仲の良い友達だけでなく、職場の人やあまり会っていなかった知人とも飲む。

アルコールが入ると、僕は饒舌になる。普段はそんなに口数が多い方ではないけど、酒の力は偉大で、僕は結構自分の思ってることを喋るようになる。その中で僕はしばしば、自分の感覚が少しズレていることに気づかされる。

 

結婚式が理解できない

9月に友人が結婚式をするらしい。その友人は中学校の同級生で、ずっと一緒にサッカーやフットサルをやっていた。つまり、なかなか仲は良い。その友人から結婚式に招待されることになったのだ。でも僕はその結婚式が面倒で仕方がない。

結婚式って参加はあくまで任意という形式であるものの実質強制の招待状を送り付け、参加者から3万をかすめ取って自分達の幸せを祝わせるという謎の行事だ。しかも結婚式は土日のどちらかに行われることが多い。つまり、大金を徴収され、休みを潰される行事だ。まじで謎でしかない。

 

花火大会が理解できない

夏の風物詩である花火。世の中の人の多くは花火大会でテンションが上がるらしい。でも花火って騒音と光と二酸化炭素だ。夏の夜だから虫も多いし、当然人も多い。暑くて人が多いから他人の汗がついて汚い。何が良いのか分からない。地元の花火大会とかだと知り合いに会うリスクもある。くそだるい行事にしか思えない。大量の人間が騒音と光と二酸化炭素の集合体に興奮している、その状況に僕は違和感を抱いてしまうのだ。

 

手作りの弁当が理解できない

社会人になってから、昼飯は僕の数少ない日々の楽しみだ。県庁に勤めているから大きい食堂があるんだけど、僕は絶対に外に出て飯を食う。昼休みに外に出ることは良いリフレッシュになるし、外の定食屋の方がうまい。

でも結婚している上司の中には、奥さんの手作り弁当を食べてる人も多い。これが僕は理解不能だ。なんで1日の数少ない楽しみである昼飯を冷めた弁当で済まさなければならないのか。「愛情が〜」とか反論が聞こえそうだけど、「愛情=うまい」とは言えない。たとえ愛情がこもっていても冷めた弁当だから、そんなにうまいわけがない。プロが作った温かい定食の方がうまいに決まっている。

たぶん節約のためもあるんだと思う。でもストレスの溜まる仕事をしている中、僕だったら昼飯くらいは好きなものを食いたい。冷凍食品と晩飯の残りでできた弁当なんて絶対に嫌だ。僕は社会人になって飯がいかに大事か身に染みて感じるのだ。

 

誕生日を祝う風潮が理解できない

誕生日って結構1年の中で大きめなイベントらしい。だからSNSでやたら誕生日アピールをしている人もいる。でもこれも理解不能。誕生日って生きていれば絶対に1年に1回訪れるもの。今の若者は半分以上が90歳まで生きると言われているのに、なぜ年を1つ数えることにそんなに躍起になるのか。しかも他人の誕生日なんて自分にとってただの平日でしかない。他人にとっては非日常でも僕にとってはただの日常なのだ。

 

とまぁ他にも多々あるけど、こんなことを理論的に酒の場で喋ると、周りの人、特に女の子からはかなりバッシングを受ける。で、いつも言われるのは「そんなんじゃ彼女出来ないよ」だ。

女の子と付き合うということは、自分の中ではおかしいと思っていることを甘んじて受け入れ、自分の考えを殺しながら日々を過ごすことみたいだ。僕は彼女のいない時間が長すぎて、いろいろと拗らせてしまっているのかもしれない。

 

社会人になってもうすぐ3ヶ月、電話ってくそだなって思った

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どうも、ヒロシです

早いものでもう6月中旬、社会人になって2ヶ月半が経過した。だんだん仕事にも慣れてきて、最初の頃は電話一本受けるのも緊張してたのに、今では緊張せずに電話応対ができるようになった。(もちろん言葉遣いなどはまだまだかもしれない )

でも僕は思うのだ、「電話ってくそだな」と。もちろん面倒臭いというのもあるけど、それだけではない。もっと大きな理由でこう思うのだ。

①作業を中断させる

仕事中、何もしていない時間というのはほぼ無い。資料を作成していたり、書類の整理をしていたり、上司から指導を受けていたり。でも電話が鳴ると、全ての事象に優先して電話を受けないといけない。たとえ、それまでいい流れで仕事をしていても、電話を受けることでそれまでの流れが終わり、電話応対が終わってから、また1から流れを作らないといけない。この「流れ」は「リズム」と言ってもいい。特に書類関係の仕事をしている時に電話がかかってくると、どこまでやったか分からなくなることもある。電話をかけてくる側の人間に言いたい、「お前は俺の流れを壊していることを自覚しているのか?」「流れを壊しておいてその横柄な態度は何だ?」と。僕は基本的に、電話は人の時間を壊し、そして奪うものだと思っている。

②極めて伝わりにくい

電話って当たり前だけど、その人の発した言葉からしか情報がない。しかも人の話す言葉というのは不便なもので、聞いた人間の主観も入るし、発した瞬間に消えるものだから、どうしても話し手が意図しない内容やニュアンスで伝わることが多い。つまり、電話というのは、非常に曖昧かつ不安定な情報伝達手段なのだ。にもかかわらず、「電話でお願いした」とかなんとか理由をつけて、自分の思い通りにことが進まないと、怒り出す輩もいる。お前の伝え方が悪い、もしくは電話で伝えるという単純かつ安易な思考に陥ったお前が悪いと僕は思うのだ。

③手間がかかる

電話って手間がかからないようでかかる。だいたい、電話で何か聞かれてもその場で分かるものばかりでない。まぁ僕がペーペーの新人ってこともあるけど、自分の担当業務について電話で色々聞かれても、だいたいその場では答えられず、今までのデータを調べたり、上司や関係機関に確認をとったりして後からまた電話をかけ直すことが多い。今やっている業務を中断させた上、新しい仕事を優先的にやらせられるということだ。電話をかけている方は悪気はないのかもしれないけど、あまりに自分勝手過ぎる。お前はどれだけ偉いんだ。

電話よりメールを使え

電話がいかにくそか書いてきたけど、メールを使えばこれらは解消出来る。メールなら作業を中断させることはないし、文章という極めて安定したもので残るから電話よりも圧倒的に伝わる。PCで文字を打つという手間がかかるかもしれないけど、何回も電話をするという手間に比べれば手間は少ない。メールチェックを一切しない人なんてほぼいないし、緊急の要件じゃなければ電話を使うメリットを僕は感じない。まぁ緊急の要件の場合も、相手方の時間を奪っている事には変わりはないから、くそだけど。

電話って苦手な人もいる。僕も得意でない。色々な人がいる中で、電話至上主義は優しくない。

だから電話って諸刃の剣にすべき。メールをしても全然返ってこないとか、メールアドレスが分からないとか、もう期限が切れてるとか。

なんかメールだとコミュニケーションが希薄化するとか言われそうだけど、コミュニケーションの希薄化というメールのデメリット的なものを圧倒的に凌駕するデメリットが電話にはある。まぁ昭和のおっさんが中心世代のうちはなかなか電話は無くならないだろうけど、電話って本当にくそだよ。

 

 


 

 

 

僕の好きなファッションブランド② “CURLY”

こんにちは、ヒロシです

1回目では “STILL BY HAND”について書いたこのコーナーの2回目は、“CURLY” について書きます。

 

hitomishiri.hatenadiary.jp

 

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http://curly-cs.com/

カットソーの概念を超えたカットソーブランド


1963年に手袋の産地である香川県(現在では国内生産の9割強を占める)にて手袋製造業を創業。
緻密な縫製テクニックを必要とされる手袋生産で培われた技術を元に1968年、新たにTシャツ、肌着を縫うカットソー専門の縫製工場を設立。
当初はJAPAN MADEで海外への輸出用カットソーを生産していたが、急速な円高に伴い、国内向けの生産にシフトしていった。
国内生産全盛期には圧倒的な生産力を元に毎週トラックをチャーターし出荷していた。
その間も独自のミシン改良や生産ラインを確立しクオリティの高さを研究し続けた。
その後、多くの企業が安い労働力を元にした海外生産へシフトしていく中でも、品質に拘り国内生産を貫き通していた。
やがて製造業を取り巻く環境が負のスパイラルに陥っていく中、取引先に左右されない自活の道を模索し始める。
そして2009年、セレクトショップで企画、バイイング、販売をこなしていた現デザイナーとの出会いを期に、
「カットソー=Tシャツ」という概念を超えたカットソーブランドを目指し、【CURLY】をスタート。
自社工場での縫製はもちろんオリジナルファブリックの企画、パターン作成、縫製仕様の選定までも一つ屋根の下で行う事で、
各現場とダイレクトにコミュニケーションが取る事ができ、細部のニュアンスまで拘ったモノつくりを可能にしている。
【CURLY】はシーズンごとのテーマを設けずカットソー素材の持つ『リラックス感』や縫製技術を活かし、
各アイテムごとの 完成度を追究したラインナップになっており、ワーク、スポーツ、ミリタリーなどの実用衣料のディティールをベースに、
フィールドを日常生活に置き換えカットソーで再構築する事で、
ファッションとプロダクトを融合させた新しいファクトリーブランドを提供していく。

(公式サイトより引用)

 

CURLYは僕が初めて買ったドメスティックブランドの服だから、結構思い入れがある。CURLYの服のすごいところは、そのコストパフォーマンスだ。ファッションは個人の嗜好だから、あまりコスパという言葉は使いたくはないのだけど、カーリーの服のコスパはすさまじい。商品の値段と質が良い意味でつりあっていないのだ。正直値段からは考えられないほど、シルエットや素材が良い。

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http://bazaar-web.shop-pro.jp/?pid=117627092

これは2017ssで僕が買った半袖のTシャツだ。一見、なんの変哲もないただの白いTシャツに見える。でも写真では分からない魅力がこのTシャツにはある。

まず素材。インド産のかなり良いコットンらしいけど、正直僕はそんなのは割とどうでもいい。ただひたすらなめらかで肌触りがいい。それだけでなく、生地に程よく厚みがあって、着心地がえげつないくらい良い。また、洗濯でも風合いが損なわれないし、へたらないから、めちゃくちゃ使える。僕の買った店の店員さんはヘビーに使って4年目らしい。

次にディテール。ぱっと見は普通のカットソーだけど、前後で長さが違うところとか、裾に入ったスリットとか、ややゆったり目だけど、すっきりと見えるシルエットとか、こだわりがすごい。素材が良いだけではないのが、このブランドのすごいところだ。

これで値段は6000円ほど。今はユニクロで2000円くらいでTシャツが買える時代だから、普通に考えたら高い。でも僕はこれだけの質で6000円は安すぎると思った。他のドメスティックブランドなら普通に無地のカットソーでも1万超えは当たり前だ。他のドメスティックブランドの半分の値段でこれだけの完成度はやばい。

カットソーって普通は消耗品だ。でも、カーリーのカットソーは消耗品にならない。ネットに入れて洗うとかのちょっとしたケアで数年は使える。そう考えると、安いカットソーを毎シーズン買い替えるより、お気に入りのカットソーを長く着た方が僕は良いと思う。

カーリーは自社工場を持っていて、全て日本人で構成された熟練の職人が生産しているブランドだ。だから、質の高い服が驚きの値段でできるらしい。でも、職人の数が限られているから、生産できる数も限られていて、ビームスとかアローズみたいな大手のセレクトショップに供給するのは難しいみたい。だから、基本的には直営店か、取扱のある個人のセレクトショップに行くしかない。そういうお店ってなんとなく敷居が高く感じて入りづらいなぁとか感じるかもしれない。でも大丈夫。南青山にある直営店は入りやすくてかなり良い雰囲気だし、僕の経験上、カーリーを扱っている店の人は気さくな良い人ばかりだから。

カーリーはまだあまり知名度はないブランドだ。でも作っているものは本当に良い。ベーシックだけどディテールに凝っていて、値段もセレオリくらい。本当に良いブランドだと思う。

curly-cs.com

 

 

 

 

 

久々に定時に帰って思った、残業はくそでサビ残はもっとくそ

6月に入り、仕事が落ち着いてきた。

5月は自分の担当している大きめの仕事があって、それに際しての資料作りなんかで残業することが多かった。だから結構疲れがたまっていた。精神的にも少しきつかった。

でもその仕事がひと段落し、最近はほぼ定時に帰れるようになった。そのとき思ったことは、「残業ってくそだな」ってこと。

残業なんかしたところでいいことなんてない。多少残業代は出るかもしれないけど、その残業代に自分の身を削る価値があるのか。残業をしたら、家に帰ったところで飯食って風呂入って寝るだけしかできない。でも定時に帰ることができれば、こうやってブログを書いたり、テレビを見ながらリフレッシュしたり、本を読んだり、自分の好きなことができる。平日でも自分の好きな事をする時間を確保できることは、残業代というお金よりもよほど価値がある。それに、残業代くらいなら、定時で上がって投資の勉強でもして投資をしたほうがよほど金になる可能性がある。

でも日本では、長く残った人が偉いみたいな風潮が根強くあるように感じる。僕と同期の人にも、「今月は何時間残業したぜ」みたいに自慢げに話している人もいる。はっきり言ってくそださい。忙しいアピールほど見苦しいものはない。残ったところで偉くもなんともない。

「残業」ってその人の能力不足か、業務過多を示すものだから、つまり組織にとって何らかの欠陥を表しているものだと思う。それにもかかわらず、残業した人が偉いって本当に意味が分からない。一刻も早くその状況を是正すべき。

でもまぁ、上の人が帰らないと下の人が帰りづらいという気持ちもわかる。僕も最近までそうだったから。最近ではなにも思わなくなった。仕事は僕にとって所詮「暇つぶし」だから。

 

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 上に書いたように残業はくそだ。でもサービス残業はもっとくそだ。

他の自治体は分からないけど、僕のいる県庁にはタイムカードもセキュリティーゲートもない。残業代は自分で申請するのだ。

これがもうサビ残の温床だ。前に僕が2時間ほど残業して残業代を申請したら、上司に怒られた。2時間程度では残業代は申請しないという不文律があるらしい。普通の業務時間よりも2時間も身を削って頑張ったのに、なぜ残業代を申請してはいけないのか。意味が分からない。誰が決めたのかさえ分からない不文律に縛られるなんて僕にはありえない。昭和の人間からしたら僕の考えは甘いのかもしれないけど、僕は自分が間違っているとは思わない。世間ではホワイトだと思われているであろう公務員でもこんなもんだ。多分、民間はもっとひどいところも多いんだと思う。

僕は組織に搾取される生き方なんて無理。組織なんて自分が生きるために利用するものに過ぎないと思っている。だから僕は、残業やパワハラで組織に押しつぶされそうになったら、おさらばする気持ちで仕事をしている。どうせ暇つぶしに仕事しているだけだし。


 

仕事に対する意識を変えたら精神的にとても楽になった

「なんのために生きているのだろう」

ゴールデンウィーク明けから仕事が精神的にちょっときつくなり、こんなことばかり考えていた。

「別に自分がいま死んだところで、まぁ家族とか友人は多少悲しんでくれるかもしれないけど、誰も困らず世の中は何事もなく回っていく。好きでもない仕事をして小金を稼いで何になるんだろう。なんで毎日決まった時間に起きて、スーツを着て、仕事に行かなければならないのだろう。俺はなんのために生きているんだろう。」

まぁこんなことばかり考えていた。5月病の一種かもしれない。

その一方で、いま辞めたらお世話になっている上司の人に大きな迷惑がかかる。上司はいい人ばかりだし、入ったばかりの新人が辞めたら上司の査定にも響く。そう思うと仕事をやめるのもはばかられる。辞めるのも面倒だし、仕事も嫌だし、いっそ死んだ方がましだくらいに思った時もあった。

でも考え方を変えた今、こんなことはあまり思わなくなった。

「自分は暇つぶしに仕事をしている」と思うようにした

僕は自分でなぜ公務員になったかを考えた。それは、「なんとなく」だ。それなりの社会的地位、収入を得られる。外面も良い。そんな理由だった気がする。それに僕は勉強が嫌いじゃなく、得意だから、県庁職員と同じくらいのステータスの企業に入るより県庁に入る方が僕にとって楽な道だった。県庁に入った動機なんてそんなもんだ。

つまり僕にはこれと言った思い入れもない。やりたいことが見つかったら辞めればいいだけ。まだ22歳だし、なんだってできる。とりあえず今のところ特にやりたいこともないし、暇つぶしに仕事してやってるだけだ。こんな風に思うようにしたら、「死んだ方がましだ」とか「どっかの車が俺のこと轢いてくれないかな」とかは思わなくなった。むしろ、暇つぶしのために好きでもない仕事をしている時なんかに死にたくないと思うようになり、「生きること」への執着が増した気がする。

4月から環境が大きく変わり、結構きつかった。今までは気の合う人とだけ付き合っていても全然大丈夫だったけど、今ではそうはいかない。嫌いな人相手でもニコニコして、うまくやっていかなくてはいけなくなった。僕は人見知りだからそれが結構きつくて、横柄な態度をとられると自分が否定されたような気がしていた。多分仕事で手一杯になっていたんだと思う。

でも今は仕事に対する意識が変わったから違う。まぁ良い方に変わったとは言えないのかもしれないけど、「いつでもやめてやる」くらいに思っている。数年働いてお金貯めて世界中を旅するのもいいな。

同期の人の多くはあまり辞める気は無いみたいだけど、僕にとって今の仕事はあくまで「暇つぶし」に過ぎない。仕事は人生の中心ではなく、あくまで一部でしかない。仕事を辞めたところで、なんらかの手段で生活費くらいなら稼ぐことだって可能だし、今の日本という国で飢え死にすることなんてほぼない。

まぁ公務員の多くは僕みたいに考えてはいなくて、みんな夜遅くまで国民のために頑張っている。でもそういう公務員に僕はなれそうにないから、あとどれだけやるか分からないけど、あくまで「暇つぶし」として仕事をしようと思う。

全然まとまりのないくそみたいな投稿終わり。

 

今まで理解できなかったものが理解できるようになってきた ①結婚

 

こんにちは。ヒロシです

突然だけど僕にはもう3年くらい彼女がいない。初対面の人や知り合ってから日が浅い人(要はあまり絡みのない人)からはこのことを言うと結構意外に思われる。なぜなら僕は、自分で言うのも何だけど、それなりにルックスが良い(と言われる)からだ。ルックスだけじゃなく、世間では難関とされる国立大出身の県庁職員だし、趣味はスポーツ(サッカー、フットサル、ランニング)だし、身長もまぁ高めでやや細め(176cm63kg)だ。自分で言うのも気がひけるけど、スペックは悪くない。(ここまで自分で書くとめちゃめちゃ嫌な奴っぽい笑)

でも、仲の良い人からすると、僕に彼女がいないのは当然と言われる。僕の性格に問題があるらしい。

①他人に干渉されるのが嫌い

僕は1人でいるのが大好き。もちろん、友達と飲みに行ったりするのも大好きだけど、1人自分の好きなことをして過ごすのがそれ以上に好きなのだ。休みの日はランニングなどの運動で自分の体を追い込んでからサウナに行ったり、一日中趣味の読書をしたりする。でももし彼女ができたら、毎日LINEをしなければならないし、休みの日には彼女の趣味や食いたい物に付き合わなければならないだろう。僕は基本的には、自分の興味の無いものには金も時間も費やしたくないというスタンスだ。

同棲とかも理解できない。大学生の頃、友達で同棲している人がいた。しかもワンルーム。自分の空間もくそもない。自分のいる空間に常に自分以外の人がいるなんて、想像しただけでもきつい。

 

②好きに金を使えなくなる

僕は自分の好きなものに対しては、そこまで躊躇いなくお金を使える。例えばファッションだ。たくさん買う訳じゃないから無駄遣いをしてるつもりはないけど、僕の好きなドメスティックブランドの服やインポートの革靴なんて一般的にはかなり高い。この前女友達と飲んだ時に、僕の好きな服や靴の金額言ったら引かれたもん。

もしも彼女ができたら、行きたくもない場所(ex.ディズニーランド)に行ったり、食いたくもないもの(ex.パンケーキ)を食べないといけない。そんなものに金を使っていたら、僕の少ない給料では、自分の好きに金を使えなくなる。

 

③性欲があまりない

僕と同世代の男とで決定的に違う点だと思う。彼女ができるメリットの1つは自分の性欲を満たすことができることだ思う。でも僕はあまり性欲がない。僕の友達では風俗に行ったり、出会い系に登録してワンナイトしたりしている人もいるけど、僕には理解できない。性欲って人間の3大欲求の1つだけど、僕にはそれが欠如しているのだ。20代前半なんて血気盛んな年頃にこんなんで大丈夫かよって自分でも心配になる。

 

上に書いたように、僕は割とカスみたいな性格をしているから彼女ができない。前の彼女と別れてから、特に彼女が欲しいとも思ってなかったから、女性からデートの誘いを受けても適当に理由をつけて行かなかった。今まではなぜデメリットしかない交際・結婚をみんなしたがるのか不思議でしょうがなかったのだ。

 

それでも、なぜみんな結婚する(したがる)のか分かってきた

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でも、社会人になって仕事をするようになって、恋人が欲しいとか結婚したいとかいう気持ちが少しずつ分かってきた。

①日々の癒しになる

やっぱり仕事をすると大なり小なりストレスがたまる。そのストレスを抱え続けると、自分が精神的に病んでしまう。でもそのストレス・悩みを癒してくれるもの、発散させてくれるものがあれば、自分の中で大きな助けになる。その存在が恋人なのかなと思う。やっぱり恋人って基本的に相思相愛っていう前提があるから、いろいろ相談もしやすいし、自分のことをより親身になって考えてくれる存在だと思う。だから、家族や友人よりも、自分を受け止めてくれる存在(もちろん自分も相手を受け止める必要はあるけど)、癒しになる存在として、恋人が欲しいという気持ちが理解できてきた。

②自分に働く理由ができる

正直、いま自分が働くのをやめて飢え死にしたところで、困るのは自分だけだ。まぁ家族や親戚、友達は多少なりとも悲しんでくれるかもしれないけど。でも結婚してたら話は別。自分が働くのをやめたら、自分以外の人、それも愛する人に大きな迷惑がかかる。子どもがいたら尚更だ。多分人って、自分のためだけってよりも、自分の大切なもののための方が頑張れると思う。だから、自分が頑張る(働く)理由ができるという意味で結婚するということは理解できる。

 

上で書いたデメリット<メリットになったら動く時

正直、今は結婚する(恋人をつくる)メリットとデメリットを比べた時どちらが優っているかはなんとも言えない。でもこのデメリットとメリットを比較衡量したときに、自分の中でメリットの方が大きくなったら、動き出すときなのかなと思う。まぁそんなことを考える暇も与えないほど、魅力的な人に出会えたらそれが一番理想的なんだろうけど。

 

世間の「好き」をぶった斬る ①焼肉屋

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こんにちは。ヒロシです

突然ですが、皆さんは「焼肉屋」好きですか?

まぁ老若男女問わず、多くの人は好きでしょう。あの食欲をそそられるよう「ジュ〜」って音、うまい肉。これが嫌いな人って僕の周りではなかなかいない。

でも僕は、焼肉屋があまり好きではない(ちなみに肉自体は好き)。その理由を書こうと思う。

 

①焼くのが面倒

なんでわざわざ自分で焼きたがるのか理解できない。外で飯を食うということは、自分で買い物に行ったり、料理をしたりという食事の準備行為や、食器を洗ったりという片付けの行為の面倒さを「金」で解決する側面があると思う。にもかかわらず、「焼く」という食事の準備行為の一部をやらなければならない焼肉屋に行かなければならないのか僕には理解できない。

あと、焼肉屋に普通に客として行く世間の大多数の人間は、「焼く」という行為に関して素人だ。焼肉屋に行ったところで、素人である自分たちが焼かなければならないのだから、肉の持っているポテンシャルを最大限引き出すことはできない。

 

②油ハネや臭いなどの衛生面

焼肉屋は自分で焼く必要があるから、当然臭いが気になる。僕は若干潔癖症気味だから、余計に気になってしまう。洗濯できる衣類ならまだいいけど、冬物の衣類(コート、ニット)なんかは、洗えないから厄介だ。ファブリーズにも限界はあるし。

油ハネについてもそう。服が汚れたらもう最悪だ。あと僕は革製品が好きだから、それに油がはねてシミになったらテンションダダ下がり。もう肉を食う気分ではなくなる。

 

③高い

定食屋で焼肉定食を食うと高くて1000円。でも焼肉屋だと酒飲まなくても2000円はかかる。なんで上にあげたようなデメリットを抱える焼肉屋に高い金を払ってまで行きたいのか理解できない。しかも焼肉屋の場合、だいたい肉を何枚か焦がして無駄にするし。その辺のチェーン店の焼肉なんて大して良い肉を使っているわけでもない。まぁロースターの維持費とか諸々掛かっているんだろうけど、同じ2000円でもスーパーなら良い国産牛が結構買える。だったらそれをフライパンで自分で焼いて食った方がうまいし、コスパも良い。

 

④うるさい

焼肉屋に来る人って基本的にテンション上がってる。だから必然的に声のボリュームがでかい。また、客だけじゃなくて、店員のテンションもやたら高い。いちいちでかい声で「よろこんで〜!」とかまじいらない。まぁ居酒屋も同じことが言えるのかもしれないけど、居酒屋は結構個室で区切られていることも多いし、そもそも僕はうるさい居酒屋には行かない。でも僕が行けるような焼肉屋は普通個室じゃないからうるさいのが余計に気になる。

 

⑤自分のペースで食事ができない

焼肉屋って普通何人かで行くと思う。そのメンバー全員が自分と同じペースで肉を焼くことってほぼない。だいたい、バンバン焼きまくる人もいれば、少しずつ焼く人もいる。空いている場所にどんどん肉を置く人もいれば、自分の焼くスペースを決めてその中で焼く人もいる。つまり、あの鉄板の上は、それぞれの価値観が入り乱れる、なかなかカオスな場所ということだ。そんなカオスな場所をみんなで囲んでいるのだから、自分のペースもくそもない。

 

焼肉屋が嫌いだと人間扱いされない

最初に書いたように、僕の周りで焼肉屋が嫌いな人を僕は知らない。つまり、友人と食事に行くとき、けっこうな確率で焼肉屋に行きたいという人がいる。そこで僕が焼肉屋が嫌いだと言うと、途端に白い目で見られる。「お前は頭がおかしい」と言われることもある。いやでも、どう考えても焼肉屋が好きって僕には理解できないんだよね。あんなにくそ面倒臭い飯屋になんて行きたいのかな。

プロが焼いたほうがうまいに決まってるぜ。焼肉より安くてうまいものなんて世の中にたくさんあるぜ。安易に焼肉屋行きたいなんて浅はかすぎるぜ。

でもまぁ焼肉屋は好きな方が良いんだろうな。なんてことも考えてしまう今日この頃。