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薄顔人見知りの独断と偏見

人見知り歴22年の僕が暇つぶしのために,主に趣味(サッカー、ファッション、裁判傍聴等)や自分の思ったこと、お気に入りのものについて自由に書いていきます。よろしくお願いします。

ドロドロした離婚裁判の傍聴を通じて僕が思ったこと

裁判傍聴 僕が思ったこと

先日、初めて離婚裁判を傍聴してきた。最近は裁判所に行っても、窃盗事件とか飲酒運転や無免許運転ばかりで飽きていたから、興味本位で法廷に入った。傍聴席には僕だけで、離婚という極めてデリケートな問題だったからか、人のプライベートに土足で足を踏み入れている気になって、最初はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、この離婚裁判の傍聴は、僕にとって「結婚」という人生の中の一大イベントについて考える大きな契機になったと思う。

まず、どんな事例だったかについて。今回はA男とB女との離婚についての裁判で、原告はA男、被告はB女だ。原告側の証人にはC女、被告側の証人にはD男がいた。

僕は裁判の途中から傍聴を始めたから完全に合っているかは定かではないけど、概要は概ね次の通り。A男とB女は子供の二人いる普通の夫婦だったが、2010年頃から、B女とD男が不倫を始めたらしい。本人たちは一貫して否定していたけど、一か月に100回以上も電話をしていて、D男の家の駐車場で二人で車から降りるところの画像も証拠として提出されていたから、これは限りなく黒に近いと思う。それを知ったA男はショックを受けて、それから2013年の秋頃に共通の知人を通じて知り合ったC女と不倫関係になった。

それを知ったB女が激怒して、A男を家から追い出し、そこから三年以上も別居しており、A男は子供とも全く会っていない。B女はC女の勤務先やC女の夫の経営する飲食店にも嫌がらせの電話をかけていたという。

ちなみにC女も旦那と子供がいたが、現在の夫婦関係は良好だという。D男は2014年に、当時の妻にB女との不倫を理由に離婚裁判を起こされ、結果として離婚+200万円の慰謝料で和解した。

つまり、登場人物が全員不倫していたというなかなかドロドロした事案だった。

このような事実関係の下、A男は離婚をB女に対して離婚を請求したが、B女は子供のためにももう少し様子を見たいとのことで離婚を拒否していた。ちなみにA男は会社を経営しており、B女に対して、住宅ローン、毎月15万円程度の婚姻費用を支払っているため、B女はパートをする程度でなかなか良い暮らしができているらしい。

結局、裁判官は和解は難しいとのことで判決を下すと言っていた。

 

最初は好きで結婚したはずなのに、ちょっとしたことがきっかけで互いにいがみ合い、法廷で戦う羽目になっている。この状況を僕はむなしいと思うと同時に、結婚ってなんなんだろうと疑問を抱いた。

結婚なんて形式的には紙切れ一枚でできるものだ。でもその一枚を出すことによって、扶養義務や貞操義務など法律的に様々な義務が生じる。もともと他人同士だったのに、紙切れ一枚で様々な責任が生じて、自分の行動に制約ができて色々縛られるから、結婚ってめんどくせぇ制度だなぁ、というのが今のところの僕の考えだ。

社会学者の上野千鶴子は、結婚について、「自分の身体の性的使用権を、特定の唯一の異性に、生涯にわたって、排他的に譲渡する契約のこと」と定義している。彼女は、例えば20代で結婚して、その先の60年ほども恋愛を封印するなんて考えにくいと言っている。また、自分の身体の自由という極めて重要な権利を譲渡することは理解できないとのことだ。

僕はなるほどと思った。結婚してから、自分のパートナーをずっと愛している人がどれだけいるだろう。勿論、そういう夫婦もいるとは思うけど、中年夫婦なんてだいたい自分のパートナーがめんどくさい存在だと思ってるんじゃないだろうか。実際に三組に一組は離婚する時代だし、本当に好きな人がいても、婚姻届を提出せずに一緒に生きるという選択肢も全然ありだと思う。紙切れ一枚よりも気持ちだと思うんだよなー。

人間って時間の経過に従って、価値観や考え方が変わるものだし、その過程で付き合う友人も変わる。ってことは、好きな人が変わっても何の不思議もない。一生を捧げてもいいと思える人に出会うことは本当に素晴らしいことだと思うけど、なにも結婚にこだわらなくてもいいんじゃない?

日本って結婚がステータスになりすぎてるんだよな。いい年して結婚してないとそれだけで人として欠陥があると思われがちだ。あと、年間20万件も人工妊娠中絶が行われてて、婚外子がめちゃくちゃ少ない。これも訳あって結婚できないから中絶っていう選択肢を選ぶ側面も否定できないと思うんだよね。つまり、結婚に価値を置きずぎることによって、少子化が助長されてるってこともある。

日本の場合は跡継ぎだとか、家族や親戚間の結びつきが強いし、長い間染み付いた価値観ってなかなか変わらないと思うけど、結婚して行動が制約されてめんどくさい関係に巻き込まれることも多々あるから、僕はそこまで結婚に縛られるのはどうなのかなって今回も裁判を通じて思った。もちろん、子どもを育てる喜びとかはあると思うけど、それはフランスみたいに婚外子に対する社会保障が充実していけば、今後は結婚しなくても味わえる可能性が増えるわけだし。

まぁ僕はまだ22歳だから、これから将来的に考え方が変わって結婚したいと思うようになるかもしれないけど。

何か全然まとまっていないけど、離婚裁判はかなりデリケートな問題で最初は自分がここにいていいのかなとか思ったけど、新鮮かつリアルで色々考える契機になったから、少し勇気を出して傍聴して良かった。